【雑記3】有名な曲ほど難しい件
YouTubeやあの演奏会で聴いたあの曲を自分でも演奏したい!と思うこと、よくあると思います。自分が好きな団体が演奏していたら尚更影響されますよね。こういった曲は、感動するような歌詞や曲調で、いわゆる大衆ウケ的な要素が多いかと思いますが、曲のことを悪くいうつもりは全くありません。人間が普通にそう感じているのですから、きっと誰にとってもいい曲だと感じるのでしょう。
では、なぜ難しいと私が思うのか…それを演奏する側に立った時、の話ですが、以下に理由を挙げます。
①比較対象が存在するということ
有名な曲というのは、当然ながら「あの演奏」「あの団体の音源」が世間に広く知られています。聴いたことがある人が多い分、ちょっとでも違うと「なんか違うな」と感じさせてしまうリスクが常につきまとうのです。これは聞いている側よりも、演奏する側、もっと言うと指揮を振ったり練習を進行する立場が一番感じるところだと思います。
無名な曲であれば、どんな演奏をしようと「こういう曲なんだ」と受け取ってもらえます。でも有名な曲には、聴衆の中にすでに「刷り込まれた(ある種正解の)イメージ」が出来上がっていることが多い。これが演奏する側にとってなかなかのプレッシャーになるわけです。
例えば、「大地讃頌」や「IN TERRA PAX」のような曲を演奏会で取り上げるとします。客席には中学や高校で歌ったことがある方も多いでしょう。そうなると、テンポひとつ、強弱ひとつとっても「あれ、なんか違う」と感じさせてしまう可能性があるわけです。演奏している側からしたら、意図してそうしているのに、それが伝わりきらないもどかしさというのもあります。
テンポ・強弱・表現の「お約束」問題
有名な曲には、長年多くの団体が演奏してきた歴史があります。その中で「ここはこう歌うもの」という暗黙の了解のようなものが生まれていることがあります。
例えばテンポ感ひとつとっても、有名音源と大きくかけ離れた解釈で演奏すると、聴衆どころか団員の中からも「なんか違和感あるな」という声が上がりかねません。もちろん独自の解釈で演奏することが悪いわけではないのですが、その解釈を説得力ある形で聴衆に届けるのは、それなりの実力と準備が必要になってくるわけです。
逆に言えば、有名な曲を「あえて」自分たちの色に染めて演奏しきったとき、聴衆の「あれ?なんか違う…でもいいな」という反応を引き出せたとしたら、それはそれで大きな武器になります。ただそこまでの道のりは長い。
「知っているからこそ」気になる細部
有名な曲を練習していると、頭の中で知っているメロディーが先走ってしまい、要するに楽譜をきちんと読まずに演奏していることになります。
「なんとなく知っているから音とりも楽勝でしょ」と思いきや、いざ楽譜を開いてみると意外と複雑な和声進行だったり、細かいリズムが思い込みと違ったり…ということはよくある話です(私も経験があります)。知っていることが油断を生む、という意味では、むしろ知らない曲よりも丁寧に向き合う必要があるのかもしれません。
あとこれは個人的な経験なのですが、指揮者の立場から言っても、有名な曲は団員それぞれの中に「知っている歌い方」があるため、テンポや解釈を統一するのにひと苦労することがあります。「いや、こっちの方がそれっぽくない?」と言われてしまうと、まあそれはそうなんですが…という気持ちになることも(笑)
それでも有名な曲をやる価値はある
散々難しい話をしましたが、有名な曲を選曲することには大きなメリットもあります。
まず、団員のモチベーションが上がりやすい。「あの曲やるの!?」という反応が練習の原動力になることは多いです。そして、お客さんにとっても聴きやすく、演奏会の場を盛り上げてくれる力があります。
また、お客さんとの「共通言語」になりやすいというのも大きいです。演奏会後に「あの曲、懐かしくて泣きそうになりました」なんて言ってもらえたりすると、選曲した甲斐があったなとしみじみ感じるわけです。
上記のような「先入観からくる難しさ」こそやり甲斐もある。有名な曲と向き合い、それを自分たちの演奏として昇華できた時の達成感は、あまり知られていない曲とはまた別の種類の満足感があると思っています。
結局のところ、大事なのは「有名かどうか」ではなく「自分たちが先入観にとらわれずその曲にどれだけ真剣に向き合えるか」ということなのかもしれません。比較されることを恐れず、それでも自分たちの音楽を作り上げていく。それが合唱の醍醐味の一つじゃないかな、なんて思ったりしています。
今回はこの辺で。
【雑記2】合唱コンクール曲、無伴奏(アカペラ)曲が多い説
これは朝日の合唱コンクールに限った話ができればと思うのですが、コンクールで毎年地方大会や全国大会に出場する学校は、課題曲も自由曲も無伴奏の曲を選択することが多いんじゃないかなと思うことがあったので、それに対する個人的な考察含めここに書いていこうかなと思います。
小・中学校の合唱コンクールは伴奏ありきの曲オンリーで、合唱というものは伴奏があるものだとすっかり信じ込んでいたわけですが、高校1年生の合唱祭で無伴奏の曲が多いなと客席に座りながら感じたのが発端です。
そういえばコンクール課題曲についても、混声・男声・女声合唱全てにおいて、外国語・日本語の無伴奏曲がそれぞれ用意されており、コンクールでは大体同じ無伴奏曲に偏るな、なんて思っているわけです。
それ自体が悪いということではなく、なぜこのような現象が起こるのかということが不思議なわけで…ちゃんと考えたことがなかったので、その要因についていくつか挙げてみようかなと思います。
説① 伴奏者との合わせ練習の時間が十分に確保できない
これが一番大きいんじゃないかなと思います。音とりをして、合わせて、そこからピアノ合わせをして、アカペラをピアノの合わせを行ったり来たり…楽器1つ入るだけで時間も手間もかかるわけです。曲の難易度によっては、賞を取るだけのクオリティにまで持っていくことができないリスクもあります。
また、コンクール曲で選択する曲の難易度からしても、ピアニストもプロに依頼することになるので、別の団体の練習や、レッスン、ピアニスト自身が出演する演奏会などの兼ね合いからスケジュール調整も大変になります。
説② 伴奏者に支払うお金の問題
前述の通り、コンクール曲の伴奏となると、一般的にはプロのピアニストに依頼をします。学生や音大生などで伴奏をしているところは滅多に見た記憶がありません。
その分、毎回の練習におけるレッスン料や、本番当日の謝礼、交通費などコスト(言い方悪いですが)がかかることになります。学校であれば部費や予算などある程度個人のお財布から出ることはなさそうですが、一般の団体となると個人の給料から捻出することになるので、伴奏有りの曲を演奏する際はお金の面でもより慎重にならざるを得ません。
説③ アカペラの利点を最大限に引き出すため
これは技術的な話に寄ってしまいますが、ピアノがないということは、裏を返せば人の声そのものの良さを最大限にアピールできるということになります。むしろそのような意図を持ってあえて無伴奏を選曲している団体も多いはずです。合唱とは元来、教会の中で神に向かって歌っていたわけですから、ピアノありきというわけではないということで…あくまでも例えにすぎませんが、ピアノがあることによってその団体の響きの良さをかえって遮ってしまうと捉えるならば、無伴奏を選曲することも納得がいくわけです。
ただし、ピアノがない分音程にはシビアになる必要があるし、もちろん誤魔化しもできません。諸刃の剣ではないですが、リスクがある分、ボロが出ないよう、破綻しないよう相当の練習が必要になってきます。
よくよく考えてみれば至極真っ当なことかもしれませんが、以上3つの説を考えてみました。無伴奏も伴奏有りも、それぞれ良さがありまたリスクもあります。どちらが良いかはその団体によるため、何も言い切ることはできませんが、選曲をする際は上記のようなことを考慮しながら慎重に進めていく必要があるということです。
【雑記1】最近の出来事について
はじめに 〜雑記について〜
ブログ全然更新できていなくて申し訳ありませんでした。生きてます。
このカテゴリでは合唱やその他音楽について思うこと、また音楽以外のことについても書いていければなと思います。これこそブログらしい。
実はネタ帳なるものがあって、書きたいことはたくさんあるのですが、なかなか書く時間がなかったりモチベーションをそこに充てられなかったりといった感じだったので…これからはなるべくコンスタントに投稿できるように頑張りたいところです(多分無理かもしれないけど)
演奏会とか舞台鑑賞の感想もここに書けたらいいな〜なんて思ってます。
ただ、繰り返しにはなりますが、このブログの執筆者は音大に行ったり声楽を志したりなどしていないので、まずもってプロによる解説ではありません。ブログの内容を100%鵜呑みにすることのないようご注意ください。
素人なりの考えを話半分にでも読んでいただければなと思います。
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【合唱名曲紹介】どちりなきりしたん Ⅱ(千原英喜)
今回は、「どちりなきりしたん」という作品の中から、第2章について見ていきたいと思います。
作品の概要
作曲:千原英喜
作詞(出典):「南蛮小唄」など・サカラメンタ提要(1605年)「かくも大いなる秘蹟を」
(※当時のキリシタン文学・ラテン語典礼文をテキストに用いている)
初演:2001年〜2002年(混声)
聴いた感想
曲集の中では2番目に演奏時間が短い曲ですが、5曲目はエピローグなので実質的にはこの曲が一番コンパクトなのかなと思っています。
最初に聞いた時は「民謡っぽいな」という印象を持ちましたが、やはり音階や作曲のされ方からしても、どこか南国風の曲調の作りにされているようです。
1曲目とは違った語り口調で歌い上げていきたいところです。
楽譜リンク(立ち読みリンクも)
混声合唱
パナムジカ
https://www.panamusica.co.jp/ja/product/6977
全音(立ち読みあり)
アマゾン
男声合唱
パナムジカ
https://www.panamusica.co.jp/ja/product/11817/
全音(立ち読みあり)
アマゾン
参考音源
混声合唱
大阪コレギウム・レジクム
Collegium Cantorum YOKOHAMA
なにやらゆかし合唱団
東京大学柏葉会合唱団
男声合唱
Voces Veritas
どさんコラリアーズ
混声版と同声版の違い(あれば)
調性が異なるほか、ところどころテヌートのつき方やパート内でのディヴィジョンがあります。また、序盤のespressivoや練習番号2のdolcissimoなどところどころで発想記号があったりなかったりします。男声版の方が後から作曲されたことにはなりますが、男声版の方が指示が少ない(?)気がしました。
また、練習番号1から数えて7小節目、混声版では「黒船も」となっていますが、男声版では「黒船は」となっています。テキストを確認する限り、「黒船も」が正しいかと思いますので、おそらくは男声版が誤植になっているかと思います。上記男声合唱の参考音源を聴く限り、それぞれの歌い方がされているため、楽譜優先なのかテキスト優先なのか、歌い方が分かれているのでぜひ聴き比べてみてください。(個人的には「黒船も」、つまりテキストの通りに歌った方が良いかとは思います。)
曲のポイント・練習にあたって(実際にやってみた感想、あるいは想像など)
全体の方向性など
民謡のようだと先述しましたが、解説にも異国情緒豊かな歌謡を集めたことが書かれており、テキスト由来で曲が作り上げられたという形になります。また、これに加えて、
曲は歌詞の内容によって音楽の大きな振幅も望まれるが、全体に情感のしなやかな表出を心がけたい。
とある通り、情緒豊かに、まさに信仰している内容を「自分ごと」と捉えて演奏すべきかなと思います。
以下は第1曲での解説の繰り返しにはなりますが、
テキストは現代の言葉ではないので、対訳を確認しながらどのようなことを語っているのかについても把握しながら歌っていく必要があるでしょう。
言葉を記号として歌いがちになってしまうので、時々、語り口調や古語口調でリズム読みをしたり、歌詞・対訳のページを見ながら(野村萬斎)
また、千原英喜作曲の作品は、皆さんもご存じの通りとにかく発想記号が多いことが特徴です。まずはこれらの意味についてきちんと調べ、理解するところから始まると思います。
区間ごとのアプローチ・攻略についても、個人的には以下のように考えます。
開始〜練習番号2(男声版は開始〜練習番号1)
1音目から単調の和音で導入、その後も小節の1拍目で和音が順番に変化していきます。全パートの縦が揃うので、ここは音程をしっかりとり、和声を合わせながら歌い進め、8小節目まで歌い切りたいところです。この最初のフレーズをどれだけ綺麗にまとめるかで、その後の音楽を聴く価値があるかどうか決定づけるといっても過言ではないかと思います。
また、練習番号1の手前の低声パートの3度和音で移行していくところは何気に難しいです。ここだけ見ると長調のような気がしますが、その前後は短調になるので、この区間は明るめにとるのか暗めにとるのか、演奏の仕方に注意が必要です。(個人的には暗めでもいいのではと思いました。)
また、先述の通り練習番号1から数えて7小節目の「黒船も」が男声版では「黒船は」となっているため、おそらく誤植かと思います。
練習番号3〜4(男声版は練習番号2)
「ベレンの〜」からはラテン語の祈祷文の中でもクリスマスの祈祷の際に唱えられていたということから、やはり華やかに場面展開をする意味合いでの転調を果たしたいです。
その後の「お讃め〜」では練習番号3からの盛り上がりに備えます。
練習番号5〜7(男声版は練習番号3〜4)
最も盛り上がりを見せる区間です。高音域が出てきますが、怒鳴らず焦らず、付点のリズムも丁寧に。「丸にや〜」の箇所が2回出てきますが、「マリア」のことを指しているので、とりわけ大切に歌いあげていきます。
練習番号8〜終わり(男声版は練習番号5〜終わり)
いよいよ締めの段階でラテン語区間の登場です。1曲目同様、ラテン語の曲として歌っていきたいところではありますが、解説では
これはローマ・カトリック教会の定める世紀の旋律ではなく、スペイン・ポルトガル固有のローカルなもの。宣教師たちがお国自慢の民謡のように伝えたのであろうか。
となっているため、完全な宗教曲というよりかは、やはり民謡の色が残る形となりますので、作曲者の意図の通り古風な趣かつシンプルに歌っていきたいです。曲集の中でも2曲目、次の曲に繋げるためにも、コンパクトなハーモニーで最後の和声を決めていければ良いのかなと思います。
以上です。曲集の中でも2曲目、そして次の3曲目は約10分にも及ぶ大曲になるので、どうしても薄味な曲に仕上げがちですが、このように短い曲だからこそ、要点を抑えミスのない演奏としてアプローチしていくのも一つの方法かと思います。演奏時間が短いぶんポイントがぎゅっと詰まった曲なので、侮ることなかれ、といったところでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
参考
・本作品(楽譜)
・【特集】千原英喜作曲「どちりなきりしたん」を考えるpart2
↑非常によくまとまっております。大変参考になりました。
【合唱名曲紹介】どちりなきりしたん Ⅰ(千原英喜)
はじめに 〜合唱名曲紹介について〜
そろそろ見聞録の方もストーリーが進んできたので、かねてからやりたかった合唱曲の(個人的)名曲紹介をやっていければなと思います。
ここでは曲の概要とかもそうなんですが、聴いた感想や、もしこの曲を練習するとなったらどうするか、またもし実際にやってみた曲の場合はその感想なんかについても書いていければなと思っています。
繰り返しにはなりますが、このブログの執筆者は音大に行ったり声楽を志したりなどしていないので、まずもってプロによる解説ではありません。ブログの内容を100%鵜呑みにすることのないようご注意ください。
(また、カテゴリーの名前と似ていますが、全日本合唱連盟の合唱名曲シリーズとは異なりますのであらかじめご承知おきください。)
素人なりの考えを話半分にでも読んでいただければなと思います。
それでは最初の名曲紹介にまいりましょう。
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【見聞録その13】高校生活最初の夏 〜パンイチで音とりをしましょう〜
暗い話が続きそうなのでちょっと変わった話をここで何個か投稿しようかと思います^^
今日はお休み回ですね。
- カッコよすぎる新参者
- 学年が1つ上の先輩が途中から入部してきましたが、もともと別の学校で合唱をやっていたとのこと。まぁなんと綺麗なテノール声なんです。当時バリトンで入部した私からしたらこの上なく羨ましかったですね。そんな先輩ができた特殊能力が「他人の声色のコピー」でした。これ何がすごいかって、文字通り他人が歌っているその声をそっくりそのままコピーして、歌い方まで似せに行くことができるということ。これができるとなるとどの合唱団にも声質面で順応できるということになります。初めて参加した合唱祭でも、例えば同じ混声合唱で人数が同じ2つの団体があった時に、響き方や歌い方が全然違うんだなと気づいたわけで、それによって自分の声質と合う合わないということもあるんだなと思ったのですが、彼にはその障壁が無いのだとすると…どこにいっても自由に歌えるということですよね。私の歌い方や声もそっくりそのまま真似をされて、驚いたことを覚えています。結局また転校?かどうか忘れましたが早期に部を離れることになったのですが、今でもどこかで合唱をやっているのでしょうか…もう一度会ってその声を聴いてみたいものです。いきなり強キャラが現れるの、ワンピースでいうと初めて青キジに会った時ぐらいの衝撃でした。
- 夏の風物詩 〜音とりはパンイチで〜
- 当時は練習場所で困っていた時期でもありました。音楽室は吹奏楽部が使っていたため、化学講義室も補修などで使用できない場合は、文化部室棟の音楽部の部室の目の前(要するに外)で合わせ練習をしていたこともありました。ほんと草野球みたいな感じがして、今思うとそんな日々でも楽しかったわけですよね。目の前は住宅街だったので、絶対うるさかったと思います。ほんとすみません… さてそんな部室ですが、もちろんエアコンなんてありません。夏休み中の練習で部室しか練習場所がなかった時は最悪です。むさ苦しい部室の中、楽譜が汗でペタペタくっつきながらも音とりしては合わせをしては…をやっていました。そんなわけで、暑かったら脱ぐしか手段はないのです。30度を超える猛暑の中、いよいよパンイチで楽譜を持って歌う輩が発生するのです(私は上裸で歌ってましたが)。そんな変態集団が歌うラテン語の宗教曲、趣があるのでぜひ聴きにきて欲しかったです(今は場所や設備が整っておりそんなことはありません)。男子校で助かったね。
- 再考査を受けかけた話
- これは私の頭が悪かっただけの話なのですが、夏休み明けの考査で補習ギリギリの点数をとりました。本当に危なかったので、これを読んでいる皆さんは部活に打ち込むのはいいけどもちろんその反動を勉強にぶつけましょうということです。私はけいおん!にぶつけてしまいました。(ちなみにこの後化学で立派な赤点をとるハメになります)
夏休み最後ということもあり、夏らしいむさ苦しい話題で明るく締めようかと思います。ありがとうございました。勉強はちゃんとしようね。
【見聞録その12】最初のステージは…
合唱生活を始めて数ヶ月、私にとっての最初のステージは合唱祭でした。
一番最初に驚いたのが、そのホールの大きさでした。
ピアノの発表会でステージに立ったことは何度かありましたが、それでもせいぜい300人程度の収容規模のホールでした。
ただ今回のホールは2000人規模。およそ6倍の大きさのホールに、正直緊張したのを覚えています。
どれくらい緊張していたかというと、多分これまで練習してきた自分の音が分からなくなるくらいには緊張していたのだと思います。
2曲歌ったのですが、曲順を覚えてるだけでも精一杯だったかもしれません(笑)
演奏後に拍手はもらえたものの、入場してから退場するまでの時間がすごく長く感じたように思えます。
私にとっての初ステージはそんな感じで終わりました。
それに、この合唱祭で良かったこととしては、多くの団体の演奏を聞けたということです。
小学生の合唱団からおじいちゃんおばあちゃん合唱団まで、様々な演奏を聴くことができ、世の中にはこんな歌もあるのかと驚くこともありました。老若男女問わず、合唱を楽しめるというのも良いことですよね。
中学の頃に音楽の教科書で出てきた歌とは、曲の性質も演奏の仕方もまるで違います。そんなことに気付き、衝撃を受けながら、広い合唱の世界にさらに興味がわくことになったのです。
また、この合唱祭と同時に3年生は引退。後日部室でお菓子パーティーとかしたような気がします(かわいい)
その会の中で起こった出来事があります。「今後の部のあり方」についてでした。
これまで音楽部は顧問の先生にキツく縛られることもなく、練習や指揮者なども含めて割と自由にやらせてもらっている状況でした。
しかし、先生の異動もあり、合唱を本格的に音楽の先生に見てもらうようになってから、コンクールへの出場をするかどうか、という話があがったようです。
「私たちはどうしたいのか…」菓子パからいつの間にかそんな話になっていました。
コンクールに出ることによってさらに多くの曲に触れたり上達したりするか?それとも今まで通りみんなで楽しみながらコンクールへの参加は行わないようにするか?
高校生ながら、ああじゃないこうじゃない、日が暮れるまで狭い部室で話し合っていた気がします。
かなり昔の話なので、細部までは覚えておらず、どのような着地になったのかも覚えていません。
ただ、全員で同じ方向を向いてやっていくということがどれだけ大変なのか、話し合っても分かり合えないこともあるのだな〜、と高校1年生なりに思いました。
そんなこんなで夏休みへと突入します。